古閑和徳 (元 春日岫) 1984 年生 大阪府出身 渋谷横丁 「力士めし 萬」 ちゃんこ番長
日本相撲協会に所属する力士は約650名。その中で「関取」と呼ばれる十両以上の力士はわずか約70名。大半は「幕下以下の力士」と呼ばれ、十両と幕下以下の力士では待遇面で大きく違い、一見華やかに見える角界の生存競争は毎日の稽古以上に厳しい。その厳しさは引退後も同様で、「関取」であれば、「親方」として協会に残ることも可能だが、幕下以下の力士は別世界での第2の人生を余儀なくされる。
「私は15才で入門して20年。もちろん、相撲の世界しか知りません。幕下以下の経験しかない力士が“引退”を口に出せば、『お前どうやって食べていくの?』と必ず聞かれます。事実、高卒や大卒で入門した力士以上に相撲しか知らない私には、社会で通用する経験も資格もなく、何も答えられないので、中々「引退」を口にできませんでした。もちろん、遅咲きの関取もおられますが、大半の力士は将来に不安を抱えながら生きていると思います。」
相撲部屋での朝稽古は、所属力士全員で行うが、関取への出世コースから外れた力士達は、稽古半ばで、『ちゃんこ番』として毎食の支度を行う。
「2、3人のチームで献立決め、食材の買い付け、仕込み、調理の全てを行います。“ちゃんこ”って聞くと「鍋」のイメージがありますが、部屋で食べる食事の全てを「ちゃんこ」と呼ぶんです。もちろん、鍋料理は多いですが、和・洋・中、皆さんがご家庭で食べるような、色んな料理を作るんです。当然ですが量はもちろん、グルメな方も多くて結構大変でしたよ(笑)。
我々はかねてより、様々な人材のセカンドキャリアを飲食店で活かせる「ストーリーある人材からの業態開発」に取り組んでおり、角界関係者の方より、引退後の力士の現実を耳にする度に、「力士の第2ステージの業態開発」の実現を構想していました。一方、「渋谷横丁プロジェクト」は構想段階より、世代を超えた日本文化を体感できる“エンタメ要素”の強い業態出店を計画しており、日本が世界に誇る格闘エンターテイメントである「相撲」をイメージした業態開発は2つの構想を具現化させました。
「以前より、引退を相談していた世話人の方の紹介で、浜倉的の皆さんとお会いさせていただき、『渋谷横丁プロジェクト』を聞かせていただきました。もちろん、今までに角界の先輩方が引退後に開業した飲食店はありますが、飲食のプロ集団である企業が、渋谷のド真ん中の商業施設に巨大な横丁を作り、その中に「相撲部屋」をテーマにした飲食店をオープンするという計画には驚かされました。正直、イメージできなかったですし、飲食店どころか、実社会で務めたことのない自分には不安でしかなかったのですが、『ちゃんこ番を務めたあなたがお店に立つから実現するお店なんです』というお言葉に勇気を頂き、やっと引退する決心がつきました。本当にありがたいことです。」
渋谷横丁オープン前の数カ月間、別店舗での研修ではド素人の私に丁寧に指導していただきました。皆さんと一緒に働かせていただいて、つくづく自分は特殊で世界で生きていたんだなという思いと同時に、真っ白な状態から、第2の人生を始められる喜びを感じました。
日本相撲協会の皆様より、様々なご協力を頂き、2020年8月渋谷横丁内に「力士めし 萬」はオープン。
週末には約5000人で賑わう渋谷横丁。「力士めし 萬」にも多くの若者が押し寄せ、『元力士がふるまう力士めし』というコンセプト通り、一目で「元力士」と分かる彼の存在に、多くの注目が集まった。
研修期間で、その忙しさに少しは慣れたつもりでいたんですが、次元が違いました。体が大きいので、お客様で溢れる店内を歩くだけでも一苦労、どこに立っていればいいのかも戸惑いました(笑)。でも、角界を代表して働いている感覚は非常に誇らしく感じました。
いつかは自分で商売ができるように、このお店・会社・スタッフ・そしてお客様から色んな事を学ばせていただきたいと思います。もちろん、ここは私だけではなく、夢破れて引退した力士達が胸を張って生きられる為の“第2の修行の場所”として存在し続けるよう、まずは私がその道筋を作っていきたいです。
【力士時代プロフィール】
四股名/春日岫 和徳 (中川部屋)
入門/2000年3月
初土俵/2000年3月場所
生涯戦歴/397勝436敗
最高番付/三段目二十三枚目
2020年3月引退